
いわき湯本温泉の歴史は古く、温泉保養地として広く認知されて、千六百年が経っている。四国の道後温泉、兵庫県の有馬温泉と並び、「日本の三大古泉」と称されているのだが、知る人は意外と少ない。
地域を知らしめ、人を呼ぶにはドラマが必要と思う。人に歴史あり、街に文化あり。長い年月をかけて、様々な歴史や文化がドラマとして語り継がれている。 道後には「坊ちゃん」があり、熱海には「貫一お宮」。 温泉地には、その地域を代表する物語とシチュエーションが残されているものだが、果たしていわき湯本温泉にはどうか? かの地にも「おもろうて、やがて悲しき」に値する、小さなドラマが残っている。 いわき湯本温泉の老舗、古滝屋の角に信号がある。温泉神社を背にして歩き、三函の湯の斜向い、白石菓子店の脇に細い路地がある。 路地を奥に進むと、突き当たりに「三函座」という、古い映画館跡が見えてくる。 昭和元年に建てられた三函座は、まるでタイムスリップしたようなレトロな建物で、見た瞬間、思わぬ感動を与えてくれる。 温泉街と炭坑町として栄えたこの街にとって、一大娯楽施設として繁栄したのであろうこの映画館も、今は寂寥感に包まれ、ひっそりとしている。 三函座の並びに、一軒の古い木造二階の家がある。茨城県の詩人、野口雨情が幼な子と共に暮らした家だ。 あまり知られていないが、雨情はここで、女衒をしていた。 |
![]() 昭和初期のたたずまいが残るレトロな外観の「三函座」。券売所には当時の料金が残されており、タイムスリップしたような錯覚にとらわれる |
![]() 映画館に通じる路地沿いに、雨情の住んでいた家がある。写真右手の木造家屋がそれ ![]() |
ある日、雨情はその人の良さから、色の黒い不器量な娘を受けてきた。
愛人でもあった置屋の女将から、「こんな色の黒い娘、おしろいもばかにならない」と言われて叱られたエピソードが残っている。 それでも、雨情の生涯を通じて、もっとも平穏で幸福な時期であったのは間違いない。 温泉街を背景に、幼な子を遊ばせていたこの日々の情景が、「七つの子」や「赤い靴」などの名作を生んだとするのは、想像するに容易であり、この木造二階の廃屋も、ずいぶん誇らしく思えてくる。 後年、雨情は「色の黒い娘」と一緒に東京に消えた。 後追いした置屋の女将が、「雨情のことだから…」と、浅草で置屋を開き、雨情が立ち寄るのを手ぐすね引いて待っていたらしい。 しかし、雨情は来なかった。 これも温泉街を背景とした、「おもしうて、やがて悲しき」人間ドラマと思う。 (元禄彩雅宿古滝屋 斉藤英明) |