Story02 湯の岳は「神の山」

 古の頃より、湯の岳はその名の通り、湯煙を立ち上らせる「神の山」であった。
 人々はその頂に、三つの箱形の岩を置き、神からの贈り物である、切り傷や病気を癒し、活力をよみがえらせる不思議な熱い水、「温泉」を讃え、感謝し、祈った。
 そうした神からの特別な恩恵を受けた自分たちを、選ばれた「神の民」と信じ、祭司のシンボルとして湯の岳をいただいていたとしても、少しもおかしな話ではない。
 やがて、神に祈るため、山に登っていた人々は、神に山から下りてきてもらう方法を考え、里に社がつくられた。
 そうして湯の岳の神は里に下り、温泉神社となった。
 古来より信仰とは、土地土地で生きるための規約や方法でもあった。しかし、時代や歴史に翻弄されながら、時の権力者に利用され、形を変えてしまうことが多い。その意味において温泉神社は、自然の恩恵に対する人々の感謝が、必然的に生み出した純粋な信仰だったのだろうと想像できる。
 古滝屋の玄関から右上を見ると、同神社の古い建物がある。その屋根には「三つの方形」を並べた紋が刻まれている。
 この辺りの地名を三函(さはこ)と呼ぶが、地名の由来には諸説ある。その一つに、冒頭に述べた、「湯の岳にある三つの箱形の岩→三箱」との説がある。
 湯の岳と温泉神社の関わりを考えると、説得力の十分にある説なのだが、この辺りが沢になっていることから、「沢っこ→さはこ」という説が有力と言われている。

 夜にはライトアップされ、神秘的な姿を闇に浮かばせる温泉神社。手前は湧き出るホテルの温泉=古滝屋9階浴場から撮影

 湯の岳近くの山中に鎮座する「三箱石」(左)と、温泉神社内の建物に描かれた「三箱の紋」

  


 しかし、山から下りて里に来た社を、「里見の社」と呼ぶことがあるらしい。そして温泉神社の向かいにある古滝屋では、代々「里見」姓を名のる。
 それを考えると、どうしても「三函=三箱」説にこだわってしまうのだ。個人的なエゴかもしれないが、「そういう意味もあるのだな」と、とらえてもらえれば幸いだ。
 日が暮れてから、古滝屋の露天風呂から温泉神社を見ると、ライトアップされて浮かび上がるような社を見ることができる。
 人々がすがりつき、願いを乞う神ばかりが増え、神仏さえ商売にしなくては生きていけない不毛の時代。しかし温泉神社の神は、求めずとも温泉という恩恵を与え、人はすがり乞わずに神に感謝する。
 「ここは神様がゆっくりと人々を見守れる神社なのだな」と、夜、光に染まる社を見て思う。
     (元禄彩雅宿古滝屋 斉藤英明)