
JR湯本駅の正面には、山がある。
常磐線各駅の中、「駅前が山だ」などという駅は他にない。 小さな山ではあるが、この「御幸山」は、春になると桜の名所として賑わう。 駅正面から、まっすぐ歩く。つき当たりに、何らかの理由がなければ昇りたくないほど急な階段がある。「桜で一杯飲る」という決心がなければ、現在では昇る人も少ないが、この御幸山には、小名浜住吉神社から分家した社がある。その昔は、芸者衆がお参りして、艶やかだった場所だ。 現在の旧6号線傾城の信号の上に、かつて「よみがえりの神社」と呼ばれた社があり、芸者衆は、その辺りに置屋を連ねて住んでいた。 「今度生まれてくる時は…」 「もう一度、息を吹き返してほしい…」 そんな哀切の思いだろうか、よみがえりの神社と名付けたその先に、生きていく辛さや死にゆく悲しみを感じさせる。 「廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お齒ぐろ溝に燈火うつる…」 樋口一葉が、吉原わき下谷龍泉寺町で書き上げた「たけくらべ」。そんな世界が、このいわき湯本でも日常の様にあったのかも知れない。 古い、湯本町の文献にも、恋仲に落ちた若い衆が遊女を連れだし、「足抜け」させようと手に手を取って逃げたが、遂に逃げ切れず、温泉の湯壺に身を投げて心中したというエピソードが残っている。 |
![]() 「よみがえりの神様」として今なお残る傾城山稲荷神社。長い間にわたり、人々の願いが寄せられている |
![]() ![]() 春には桜に覆われる御幸山公園の長い石段(左)と、町内に残る湯壺跡。全部で53ヵ所あったと伝えられている ![]() |
その湯壺もすでに枯れ、今となっては場所もわからないが、添い遂げられぬ男と女の情念は狂おしく、少女の恋はいつも悲しい。
遊郭や温泉街に残る風情というのは、案外行き場をなくしたそんな思いが、街に居ついて宿ったものなのかも知れない。 だとしたら、すくなくてもこのいわき湯本には、そんな風情などいらないと思う。 折しも、今年の5月と6月、東京の芸術座では、「いわきの日」と題し、いわき市にゆかりのある、石井ふく子氏の演出による舞台、「ちょいといいかな、女たち」が幕を開ける。 芸者からコンパニオンへと、移り変わる時代を背景に、泉ピン子扮する芸者が大活躍…。ではあるが、「芸者さん」は、もういわき湯本にはいない。 時代は変わり、コンパニオン全盛となった。食い扶持を減らし、家族を養うために芸者や遊女になっていった時代は、「昔々の物語」になり、今では、アフター5のアルバイトという女の子も少なくない。 石井ふく子氏とは別の意味で、「ちょいといいかな、女たち」である。 (元禄彩雅宿古滝屋 斉藤英明) |