Story06 ヤマトタケルは鶴

 いわき湯本温泉の由来は、「鶴の伝説」として言い伝えられている。
 近江の国(今の滋賀県)の若者二人が、旅の途中、矢に傷ついた白鳥を見つけた。後を追うと、その白鳥が湧き出た湯に足を浸していたので、二人は、優しく傷を洗った。
 すっかり傷の治えた鶴は、美女に姿を変え、「御礼に」と、稗と粟の種、さらに巻物を渡し、「佐波古の湯は神泉にて、二人開拓せよ」と告げて帰った。二人はお告げを良く守り、これが、今日のいわき湯本温泉となっている。
 「湯本の鶴が、どうして近江の若者に?」と、疑問符を打てばきりがないが、温泉を教えてくれたのが鶴というのも気になる。鶴は受けた恩を返す動物の定番である。しかも、全国くまなく恩を返しているとても善良な鳥である。全国に、似たような「鶴の伝説」は多い。
 ここで、「鶴の伝説」に一つの仮説(どちらかと云うと異聞かな)を立ててみたい。
 鶴が伝説としてデビューする第一作は、ご存知「古事記」。東征中のヤマトタケルが力尽き、故郷を偲びながら、魂は白鳥となって天に飛び翔っていった下りである。
 ヤマトタケルは、もっともらしく書かれているが、実在ではない。
 事実は一つであるが、歴史は常に一方の勝者の視点でしか書かれていない。
 長い年月をかけて、歴史は見る視点を変えれば、たまむしの様に色を変える(…と云い訳しながら)。

 湯本一小の校庭に建つ「さはこの泉」のモニュメント。近くには鶴の伝説が記された看板も。5つ設置された蛇口の1つからは、温泉の湯がほとばしる
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 惣善寺の本堂内に飾られている鶴の彫り物。同寺の山号は「温泉山」。伝説との関わりを感じさせる

  


 ヤマトタケルの東征経路と、鶴の飛来経路はとても似ている。そしてそこには、当時発見されたばかりの「鉄」がキーワードになる。ヤマトタケルとは、大和朝廷統一のため、鉄の利権を求めて東征していった特別部隊の名ではないか? そのコードネームとして、渡り鳥特有の磁力を感ずる器官を持つ、鶴を選んだのではないか?
 昔、「ヤマトタケル=鶴」の説を読んだ事がある。だからこそ、湯本温泉の発見者は、東征中のツルであり、そこに、近江の若者に人が追求していったとしても不思議ではない。
 いわき湯本温泉は、古代から戦国時代を通じて、戦いで傷ついた人々の湯治湯であったのである。
 大和朝廷から鉄を求めて東に下り、戦いの中で傷つき、さまよったあげくに見つけた、切り傷に良く聞く温泉を神の恵みとして、大事に守っていったのだろうと思う。
 惣善寺の本堂入り口には鶴の彫り物があるが、そのいわれは不明である。
 伝説を、ゆっくりと散歩気分で紐解くのもおもしろい。
     (元禄彩雅宿古滝屋 斉藤英明)