最新号 July 2018

いわき再発見シリーズ12 -群像-いわきの誉れ

2018.7月号 
常磐興産元社長(スパリゾートハワイアンズ)・中村 豊

 全国各地にある「テーマパーク」。今ではこの呼称もすっかり耳慣れてしまったが、国内の先駆は、昭和41(1966)年1月に誕生した、常磐ハワイアンセンター(現・スパリゾートハワイアンズ)。
 湧き出る「温泉」をメーンの1つとし、従来の石炭事業から180度もの転換で新たな分野を開拓、今年開業52年を迎えた。「起死回生」をって疾駆したのは指揮官、常磐興産社長、中村豊だった。
 国家の基幹産業の石炭。明治以降、“黒いダイヤ”と呼ばれていたが、昭和30年代の「エネルギー革命」によって衰退、全国で炭鉱の閉山が相次ぐ。本州最大の炭鉱、常磐炭田も押し寄せる「石油時代」に抗しきれなかったばかりか、会社存亡という危機にまで瀕(ひん)していた。
 「炭鉱を継続するには一層の合理化に加え、“天敵”である温泉の排水処理が不可欠」とされ、「これらを実行しなければ『会社の明日はない!という状況だった」(坂本征夫・元同社取締役企画室長)
 中村ら首脳は、現況を踏まえ苦しみながら将来展望の青写真を描き続ける。
 中村は、明治35(1902)年、九州の佐賀県に生まれる。東大経済学部を卒業後、入山採炭に入社。昭和19(1944)年に同採炭と磐城炭礦の合併で常磐炭礦が設立され、翌年、取締役に就任。その後、常磐炭礦(常磐興産)社長を務めてきた。
 石炭産業の衰退をよそに、社会は高度成長期に入り、人々の暮らしも日々、豊かになるなど大きく変化。併せてレジャーブームも訪れる。
 中村はこうした社会情勢を敏感に受け止める中、同39(1964)年4月、レジャー関係施設視察のため、渡米し、ショーや施設を、その帰途、ハワイへ立ち寄り、数日間、滞在してフラダンス、タヒチの踊りなどを見学。
 この時、思いついたのが、「温泉とハワイの融合」である、「常磐ハワイアンセンター」の建設だ。尽きることがない天敵の温泉を新規事業の“宝”として利用する、温泉・観光・娯楽施設の建設が、中村の頭の中を駆け巡った。
 62歳の時だった。ドームは同40年12月に完成したが、中村は準備中も、オープン後もトレードマークである赤シャツに白のパンツ姿で内を回り、職員一人ひとりに声を掛け、励ました。
 現在、同社の顧問として全国各地で施設のPRに努めている坂本は、「中村さんは、ピンチをチャンスに替えた人であり、社員には“一山一家” の魂があった」。
 功労者、中村は同62年8月31日、黄泉(よみ)へ旅立った。享年85歳。(敬称略)

次号予告

8月号は2018年7月下旬発行
★連載:いわき再発見シリーズ12「―群像―いわきの誉れ」/私の博物誌★エッセー:変わる、かわる、体と心がカワル/言葉、つれづれに/うまい話し ほか





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